東京都 都立墨東特別支援学校
図書館仲間のつながりが特別支援学校の図書館を支える。思いは“すべての子どもたちに本を!”
(2018年6月22日取材)
学校紹介
肢体不自由教育部門(本校・在宅訪問学級、かもめ分教室)、病弱教育部門(病院訪問学級、いるか分教室)
所在地:〒135-0003 東京都江東区猿江2-16-18
電話:03-3634-8431 / FAX:03-3846-6684
設立:昭和62年4月
E-mail: S1000239【★】section.metro.tokyo.jp
(【★】を@に替えてください)
HP:http://www.bokuto-sh.metro.tokyo.jp/favicon.ico
児童数(生徒数):183名(小学部90名、中学部43名、高等部50名)
学級数:54学級、教職員数:149名、学校司書:なし
(平成30年5月1日現在)
なお、本校とは別に肢体不自由教育部門(かもめ分教室)を東京都立東部療育センター(東京都江東区新砂3-3-25)内に、病弱教育部門(いるか分教室)を国立がんセンター中央病院小児科病棟(東京都中央区築地5-1-1 12A)内に設置している。
教育目標
「からだに障害のある子供たちや病気療養中の子供たちの豊かな成長をめざして」
○やさしい心と元気な体をつくる
○意欲をもって進んで学ぶ
○自分で感が、責任をもって行動する。
○みんなで仲良く協力する
取材にご協力いただいた方々
副校長インタビュー
小滝副校長は学校経営を担当。特別支援学校の勤務が長い。教育行政分野での勤務経験もある。
――図書館活用についてのお考えは。
副校長:やはり「人」です。学校の状況はご覧いただいた通りです。図書館がここまでやれているのは「人」によるところが大きい。当校は研究指定校(言語能力向上拠点校など)を受けている。指定を受けるとテーマに応募し、予算が付き、ものや人が揃えられる。そして、指定は終わる。しかし、「これで終わらせてはいけない。続けよう!」との考えになり、図書館を学校の予算で続けてきた。でも、これは「人」なんです。図書館の仲間がいたからこそやれてきた。皆さんに感謝しています。
子どもたちは5つの学区からスクールバスで通ってきます。そしてバスで下校すれば、みんなと離れ離れ。簡単に友達の家に遊びに行けるわけでもありません。特に、夏休みは時間の過ごし方がなかなか難しい。結局、家の中で過ごすことが多くなる。学校に図書館があれば、友達と交流できる。付き添いが必要なご家庭の皆さんが図書館を利用することもできます。そのようなチャンスの場が大切と思っています。
――学校には司書がおりません。先生方もハードな環境と思いますが。
副校長:司書のいる(東京都立の)特別支援学校はないのではと思います。(注1)また、司書教諭の確保もかなり厳しい。一校に勤務できる年数にも上限がありますし、異動もあります。また、受け持っているクラス担任の業務は、16時過ぎまで子どもたちから目が離せない。学校介護職員もおりますが、やはり教員の数が少ない。(注2)
当校には各学部にそれぞれ1名司書教諭がおります。分掌は情報メディア(図書館を担当)ですが、活動は子どもたちが下校する16時過ぎからですので、1日30分程度の時間しか確保出来ない。研究指定校の経緯もあって、図書館支援員さんに随時来ていただいていますが、本当に少ない学校の予算で協力いただいています。”おはなしの会 うさぎ”などのボランティアさんに支えていただいて図書館を運営しているのが実情です。
(注1)文科省の調査資料では、都道府県毎の特別支援学校司書配置状況の記載が見当たらない。
また、同資料によると、全国統計で司書配置校の割合は1桁程度。(平成28年度調査)
(注2)小学部、中学部、高等部及びそれぞれに普通学級、重複学級、および訪問学級、 病院訪問学級、分教室とかなり幅の広い学級が57。教職員158名のうち、教員が2/3程度。3か所の勤務地と訪問教育を受けもつ。近年、特別支援学校に通う子どもたちは増えている。各地で学校の新設、学級の増加が続いている。墨東特別支援学校でもスクールバスなどを増やして対応している。
――公立図書館との連携する方法もありますが。
副校長:そのような外部と連携する考えもあります。が、しかし学校ですのでしっかり教員が責任を持たなければなりません。誰かを呼んできて、「あとよろしく。」ではいけない。図書館の分野でも選書の考え方や読み聞かせの仕方など、教員が理解し、できることが必要と思います。
――今日は学校公開日でしたね。
副校長:特別支援学校を志望する人や就学前の子供がいる家庭、教育委員会の方々、総勢70名程度来校されました。
学校には毎年、200人程の教育実習生が来て勉強します。教員を目指す際は2日程、特別支援学校での教育実習があります。また、介護士や看護師、そして医師を目指す人なども受け入れていますので、年・300人程度になります。
特別支援学校は教育、福祉、医療分野を目指す人材養成の教育機関でもある。
“すべての子どもたちに本を!”を目指して
おはなしの会”うさぎ”
生井先生のクラスでおはなし会に参加。読み手は小野寺千秋さん。絵本を4冊。おおよそ15分程度。子どもたちの様子の変化に注目。
「ぞうくんのさんぽ」
おはなし会のスタート。やさしいストーリーで時間も短い。子どもたちの反応も静か。
「やさいはいきている」
一気に盛り上がる。にんじんやカボチャに子どもたちがワイワイガヤガヤ。それぞれが自由に話し出す。
「わゴムはどのくらいのびるかしら!」
子どもたちはそれぞれの場面で発言。考える場面もいたるところに見受けられる。
「どろんこハリー」
白犬のハリーが汚れて黒に。その変わりようにハラハラ、ドキドキ。最後はもとどおりになってよかったね!
そろそろ飽きたかな・・・。
子どもたちの反応は極めて速い。一気に、元気な声がクラスいっぱいに広がる。「やさいはいきている」が最もにぎやか。最後はみんなで「ありがとうございました。」の大きな声。
小野寺さんはおはなしの会”うさぎ”(読み聞かせボランテイア)のメンバー。普段は中央区立京橋図書館に勤務。週3~4回(1回4時間)学校を訪問し、読み聞かせや図書館の整理などを行っている。
今回の選書は小野寺さんが担当。生井先生から選書の方針は示されているが、怖い本は避け、明るい本やストーリが長めの本などを組み合わせて行っている。また、読み方も工夫。子どもたち全員が絵本を見れるように身を乗り出している。また本を両手でしっかり握って読んでいる(特別支援学校ならではの読み方)。
小野寺さんにやんわり待遇面を聞くと「有償ボランティアです(笑)」との答えに小滝副校長が恐縮の様子。「子どもたちに楽しんでほしい」との思いで以前からつながりのある生井先生と活動を続けている。学校に勤務して1年半になるが、他の先生方からも相談が寄せられるようになった。「でも、毎日はいないので子どもたちの目が・・・」と少々心配の様子。
廊下にある「小さな図書かん」
各階の廊下中ほどに図書コーナー「小さな図書かん」がある。
学校の図書館はもともと3Fにあった。3Fは高等部のフロア。本も高等部向けが中心。小学部や中学部が子どもたちにも使いやすいようにと、考え付いたのが各フロアの廊下中ほどにある出窓スペース。防災面で消防署にも相談し、「小さな図書かん」に変更・設置した。採光が良い。出窓風なので明るい。
車いすから本が自由に手に取れる高さ、大きさのテーブルを設置。図書館(後に3Fから1Fに移動)から、おすすめ本を運んで、生井先生、小野寺さんなどが定期的にリニューアル。ここは車いすに乗った子どもたちが通るメインストリート。フレキシブルな使い方は現場ならではのアイデア、工夫。とかく施設が大きくなると、使い方が固定化され、柔軟性に欠けるケースになることがある。
司書教諭 ”生井先生”
取材も終盤に差し掛かった15時半過ぎ。司書教諭の生井先生にお会いした。特別支援学校の教職員は緊張の連続。子どもたちがスクールバスで全員下校するのがこの時間である。少々、様子が和らいで見える。
生井先生は6年前(2012年)、当時の校長先生から「子どもたちが楽しく使える図書館をつくって!」との指示で学校に赴任。孤軍奮闘で図書館整備を開始。図書館仲間からの協力で、1F・2Fへ図書コーナーを設置、その後、図書館を3Fから1Fへ移動、蔵書の充実や図書館スタッフの配置、おはなしの会などの具体的な活動に奔走。趣味(特技)はトライアスロン。メンタルでもフィジカルでもタフ。特別支援学校はハード(7時~20時位まで勤務。時に休日も返上)であるが、「練習時間がなかなか取れない。」と笑顔で話す。
――図書館整備はご苦労も多かったのではないでしょうか。
生井先生:ゼロからの出発でした。場所や備品は用意されていましたが、どこから手を付けるべきか、戸惑いもあり孤軍奮闘の毎日でした。(注3)そんな時に 助けてくれたのが、図書館仲間(教員になる前は公立図書館勤務)。Wさん、Sさん、そして小野寺さん、泉さん、多くの仲間に支えられて「小さな図書かん」が出来上がってきました。
図書館の整備と併せて、「おはなし会 うさぎ」が活動に加わり、継続的に読み聞かせを行っています。そして、子どもたちにさまざまな良い変化が出てきています。また、教職員にも理解が広がり、良い刺激にもなっています。継続してきたことが良かったと思います。
(注3)
1.「学校図書館の挑戦と可能性」 ISBN978-4-906873-51-7
2.活動誌 「おはなし会が始まるよ。」
【購入のお問い合わせ先】
教文館ナルニア国
〒104-0061 東京都中央区銀座4-5-1
電話:03-3563-0730 /
Fax:03-3561-7350
Mail:narnia【★】kyobunkwan.co.jp
(【★】を@に替えてください)
目次
1.特別支援学校と学校図書館
(1)特別支援学校とは?
(2)学校図書館の状況と学校図書館を設置する意義
(3)東京都立墨東特別支援学校の取り組み~0からのスタート
(4)「おはなしの会 うさぎ」
(5)おはなし会と子どもたちの事例
(6)おはなし会を学校に根づかせるために
2.「おはなしの会 うさぎ」誕生と活動内容
(1)「おはなしの会 うさぎ」誕生まで
(2)活動状況
(3)これからの課題あれこれ
3.子どもたちに伝えるおはなし会ープログラム作りと実践
(1)プログラム作りの模索
(2)プログラム作りとおはなし会の進め方
(3)子どもたちが楽しんでくれた小物やわらべうた
4.子どもたちに伝わるおはなし会ー工夫と挑戦
(1)戸惑いのスタート
(2)私たちの工夫ーその多様な事例
――選書はどのようにされていますか。
五感を刺激する布絵本生井先生:やはり、絵本が中心です。絵もやさしくて、文も数行の絵本、さわれる布製の絵本もいいです。また、調べ学習の本や物語も選んでいます。出版社の絵本リスト、絵本のWebサイトなども利用しています。毎週、先生方から購入してほしい本を上げていただき、先生方の要望と子どもたちの実態に合った本を選んでいます。ここでは、大手の出版社や大きな図書館においてある絵本が必ずしも、子どもにあっているとは限りません。
――どのような図書館になってほしいですか。
生井先生:司書のいる学校図書館になってほしい。教員には異動が伴います。学校長や司書教諭が変わると、図書館が元に戻ってしまうこともあるようです。当校では幸い、多くの関係者からご協力をいただいています。継続していくためには学校図書館司書が不可欠です。
江東区立砂町図書館・泉館長が学校連携に乗り出す
江東区立図書館は12館ある。中央図書館は江東図書館、砂町図書館は地域館である。
図書館の障害者サービスには対面朗読、録音図書・点字図書、朗読会、音訳者養成講座、宅配サービスなどがある。また小中学校を中心に調べ学習などで学校と連携している。
地域館である江東区立砂町図書館はエリア内にある学校とのつながりを大切にしている。東京都では多くの特別支援学校が都立であるが、区や市町村図書館が地域とつながり、個々に取組んでいるのが実情である。泉館長は「墨東さんとの連携は、構えることなく、出来ることからやる!」と団体貸出を強化。”とにかくやってみよう!”の精神。新たなことを切り開くには最も大切なマインドである。また、泉館長は生井先生とのつながりも長い。
江東区立図書館では、特別支援学校向けのセット本を設けて利用を働きかけている。また、絵本セットや調べ学習セットなども用意して、学校連携をすすめている。
参考情報
図書基本情報
墨東特別支援学校からのおすすめ本
図書名 | 著者名 | レコメンド(簡易な推奨文) | 主な対象学年 |
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オニのサラリーマン | 富安陽子 | おどろおどしい絵が見たくて本を開きます。 | 自立活動を主とする教育課程小学部3年 |
そうくんのさんぽ | なかがわひろたか | 段ボールにぞうくんたちのイラストつけて、学習しました。 | 自立活動を主とする教育課程小学部2年 |
3びきのやぎのがらがらどん | マーシャ・ブラウン | 作る学習で怖いトロルを作り、そのトロルを使ってがらがらどんを学習しました。 | 自立活動を主とする教育課程小学部4年 |
トマトのひみつ | ひさかたチャイルド | トマトを育てる際に、資料として使用しました。写真がいい。 | 知的障害を併せ有する教育課程小学部5年 |
残念な生き物 | 今泉忠明 | 気軽に読める。 | 準ずる教育課程小学部5年中学部2年 |
なぞなぞの好きな女の子 | 松岡亨子 | ブックトークの最後に紹介された本。読み始まると止まらない。 | 準する教育課程小学部高学年 |
まとめ
タイトな教育環境下で、”すべての子どもたちに本を!”を目指して、生井先生や図書館仲間が活動を続けている。いつかは人は異動する。「人」が変わっても求められるのは、”子どもたち本位の図書館教育”が推進できる「人・仲間」である。
取材後記
特別支援学校では社会の仕組みを知ることできる。教育をベースとして、医療や福祉、介護や健康、行政や地域社会など。そしてまた、多くの人が関わっている。養護教諭、学校介護職員、栄養士、看護師、療養士(理学、作業、言語など)、心理士、スクールカウンセラー、技能訓練士、歯科医などなど。あたかも一つの”市役所”のよう。かといって多くの職員を抱えているわけでもない。しかし、お会いした方々はどなたも率直に明るく話され、協力をいただいた。「こんにちは!」と廊下をすれ違った子どもたちの元気な声。そして、廊下の一隅を彩る図書コーナー「小さな図書かん」。バルコニー風の出窓においてある本が外の光を取り込んで輝いている。筆者にはガーデニングの花園に見えた。良いところに図書コーナーを作った。感心した。
(菅原)