第1回 マンガ「夜明けの図書館」に伴走した 10 年のこと(前編)

はじめに

『夜明けの図書館』(よあけのとしょかん)は、作家・埜納タオさんが描かれた、日本で初めての、図書館のレファレンスにスポットを当てたマンガです。地方の中小都市をモデルに、まちの図書館の新人司書が「人と人」「本と人」をつなぎながら成長していく姿が、図書館のさまざまな課題やサービスを背景に描かれています。掲載誌は『JOUR すてきな主婦たち』という、双葉社のレディースコミック誌で、2010年 12 月号から 1 話完結で不定期に連載され、2020 年 12 月号の第 28 話で連載を終えた、完結まで 10 年かかった作品です。全 7 巻です。連載終了直後の 2021 年 1 月に、国会図書館の『カレントアウェアネス-E』407 号に完結記念インタビューが掲載されています1)。埜納さんのコメントも掲載されていますので、是非お読みください。

そしてこの作品は、「マンガ『夜明けの図書館』及び関係者」として、Library of the Year 2021 のライブラリアンシップ賞を受賞しました。授賞理由は「制作にあたって丁寧な調査とヒアリングが継続して行われ、現場の図書館員の協力が作品にリアリティとクオリティをもたらしていること、10 年間の長きにわたって一般読者に図書館の魅力を示し、図書館員や図書館員になろうとする人々に示唆と勇気を与え続けたことを高く評価する」というものでした。

私は第 1 巻が出た後、2012 年から現役司書の監修者として関わりました。当時、私は横浜市立図書館の司書でした。編集部も、私も、司書がマンガ制作に本格的に関わるのは初めてで手探りでしたが、様々なキャッチボールを繰り返しながら 10 年をかけて、絆も、関係も徐々に深まっていきました。この連載では、『夜明けの図書館』という稀有な作品を愛してくださった皆様への感謝を込めて、協力者ならではの裏話をご紹介します。第 1 回と第 2 回は、図書館問題研究会の機関誌『みんなの図書館』2022 年 4 月号掲載の拙稿「レファレンスマンガ『夜明けの図書館』に伴走した 10 年のこと」に加筆訂正したものを掲載します。これからしばらくの間、お付き合いいただければ幸いです。

協力者になったきっかけ

これはあちこちで言っているのですが、私が協力者となったきっかけは、第1巻発売直後の 2011 年、埜納さんがカレントアウェアネスのインタビュー2)で、「続編を制作するにあたり,ご協力いただける図書館員の方を探しています」とおっしゃっているのを見て、名乗りを上げたことです。編集部からはそんな司書は私だけだったと言われたのですが、何故そこまでして手伝いたいと思ったか…については触れて来ませんでした。

2000 年代後半に青木幸子さんが描かれた『ZOO KEEPER』という動物園マンガがありました。旭川動物園をモデルにしたその作品は、動物園の現在に寄り添い、これからの在り方を模索して様々なチャレンジをする飼育員の姿が描かれていて、何よりも現場へのリスペクトに溢れていました。図書館にもこんな作品が欲しい…という思いが、心の中にずっとありました。

そのため、レファレンスをテーマにした図書館マンガである『夜明けの図書館』の著者が手伝ってくれる人を求めているという記事を見た時、もしかしたら夢見ていた図書館マンガのお手伝いをするチャンスかもしれない、と思ったのです。すぐにネットで埜納さんのブログを探してメールを送り、編集部から連絡があって、そこから 10 年におよぶ長いお付き合いが始まりました。

最初はレファレンスのテクニックから

現役の図書館員が協力者になってどんなことができるのか。私も編集部も初めての事でしたから、最初は本当に手探りでした。ここからは「夜明けの図書館各話一覧」(表1)を見ながら、作品への関わり方がどう変わっていったかをご説明します。ネタバレ満載となりますが、ご容赦ください。

※クリックすると拡大表示されます

夜明けの図書館各話一覧
(表1)「夜明けの図書館」各話一覧

当初は、埜納さんと編集さんが話作りをする中で出てきた質問や疑問にお答えしていました。例えば第8 話は「名前の分からない植物の実が持ち込まれた時の探し方」で、「新人司書がおかしがちなミスリードは何か?」というお尋ねでした。「こどもが持ってきた植物だからと、ほとんどレファレンスインタビューをせずに児童の分類 47 の棚に行ってしまう。植物図鑑などを手当たり次第に見て、時間ばかりがかかってなかなか見つからない」のが新人司書あるあるです。

植物レファレンスには定番の質問があって、季節・場所・葉や実や木の色や形などを子どもからうまく聞き出すことで、どの分類の、どの本をどう見ればいいかの戦略を立ててから探した方がいいんです。そして、すでに答えはムクロジと決まっていたので、大きな木だった、という回答から「樹木」に行きつき、季節の実が分かる樹木の図鑑で答えに辿りつくのはどうでしょう?と提案しました。ここで埜納さんは子どもが見上げるジェスチャーを描き、それを見てひなこが樹木だと分かるというシーン(図 1)に仕上げていて、流石マンガ家さんだと感心しました。

図1 第8話「笑顔のバトン」(第2巻所収)

第 9 話では、”すずなり星”(昴の広島弁)をどう探すか、というお題をいただきました。レファレンスとしての最速で最短の正解は「海外の定番の星の事典を見ても出て来ず、日本的な名称であるという気づきから『日本国語大辞典』を見て記述を発見する」でした。しかし、頭の中で考えを転がすだけでは絵にならないし、紆余曲折がないとレファレンスの物語としての盛り上がりがない…ということで、結局、「ひなこと奏太のやりとりから、司書がそのことばが方言である可能性に気づき、『日本方言大辞典』を見る」というルートが採用となりました。

このとき、レファレンスとしての最適解が物語を作る上での最適解とはならないこと、レファレンスにはいくつも解明に至る道があるけれど、どのルートを通るかでストーリーがガラリと変わってしまうことに気づき、とても面白いな…と思いました。

また、この回では実在書名の使用と出典の明記を提案しました。ちょうど当時流行っていた『ビブリア古書堂の事件手帖』が、書名だけでなく版や出版社まで正しく使い、それが事件の鍵を握るのも面白さの要因となっていることを思い出し、「『日本方言大辞典』も『日本の星 星の方言集』(野尻抱影著)もこれ以外にはあり得ない!という名著なので、本へのリスペクトを込めて実在の本を使ってほしい。そうすれば読者の知識も深まるし、マンガとしての格もあがるはず」とお願いしたのです。

図書館ネットワークで協力する

転機となったのは第 11 話でした。この回は 10 年選手の石森さんが職場で悩みを抱えて解決する話で、それにリンクしたレファレンスにしたいのだけれど、どんな悩みがリアルだと思う?とざっくりとした相談を受けたのです。そこで私が提案したのが、まさに自分の転機となった医療健康情報サービスでした。「問われる事に応えるだけでなく もっと利用者に目を向けるんだ 図書館から働きかけていくんだ」と言いながら、石森さんが資料を探すシーンがあります(図 2)。

図2 第11話「石森さんの腹の内」(第3巻所収)

彼女はそこで、がんが再発した友人から尋ねられた病気についての本だけでなく、「娘にどう伝えよう」と悩む彼女の心の声に答えた本と、気晴らしになるようにと、彼女の好きな忍者の本を手渡しました。問われたことに応えるだけでなく、利用者に寄り添って気持ちを支える本を提供すること。それは、顕在ニーズに答えるだけでなく、潜在ニーズにもリーチしようとする、ホスピタリティに近いサービスへの変化です。

そして、実はこの<医療健康情報サービスはどうか?という提案>こそが、編集部に聞かれたことに応えるだけでなく、どんな話を作りたいのか、埜納さんたちの思いに寄り添ってネタや情報提供をするという、新しい協力への第一歩となったのです。関わり始めて 2 年が過ぎ、ある程度の信頼関係が出来てきた、ということもあるのでしょう。この頃から、プロットも見せていただくようになり、お話づくりの初期段階から相談を受けるようになりました。そして私も、司書としてどんな協力ができるのか、様々な可能性を試み始めました。

第 12 話(鉄道の未成線探索で公文書館へ照会する話)では、レフェラル・サービスへの言及を提案しています。まだ新米のひなこに「その資料は自館にはない。うちではできない」と見極めることの大切さを知って欲しかったのです。「本と人だけでなく、人と人をいかにスムーズに繋げるかも司書の腕の見せ所です。図書館は、そうした知のネットワークの最も市民に近い窓口です」という館長の台詞(図 3)は、私が編集部にお送りしたメールの言葉ですが、この頃から私自身が、自分だけではなく、周囲の司書仲間に様々な協力を求めるようになっていました。

図3 第12話「第二の人生を歩く」(第3巻所収)

例えば第 11 話では、がん患者への資料提供について病院患者図書館司書に伺い、気持ちを支える本を、というアドバイスをいただきました。第 12 話では、編集の増尾さんが実際に公文書館を利用して、その取材の成果もお話づくりに活かされています。 

第 14 話は「十団子」という静岡の郷土菓子が答えでした。<写真を見ただけで、司書はどうやって回答に辿りつくのか?>を検証するために、Facebook に現物の写真を載せて図書館仲間のやりとりを観察したり、静岡県立図書館の安田宏美さんに作成してもらった模擬回答を、素材として埜納さんに提供しました。また、このお話では「レファレンス協同データベース」が解決のキーとなる重要なツールとして登場しています。これが国会図書館職員の間で話題を呼び、レファ協フォーラムに埜納さんが講演者として招かれて作中の架空のキャラクター「れふぁっしーさん」の等身大ぬいぐるみがプレゼントされる、という珍事もありました。 

第 15 話の主人公である非常勤職員の小桜さんには、多くの仲間たちの経験と想いが投影されています。友人の村上さつきさんにはプロットも見てもらって、様々な意見をいただきました。埜納さんからの質問「比較的仲の良い職場で、それでも非常勤職員として疎外感を感じるのはどんな時か?」を Facebook で募集した時は、本当にたくさんの切実な思いを頂戴しました。

山口真也先生が「図書館員はスーパーマンでもないし、図書館の仕事は個人プレーでもない。(中略)『夜明けの図書館』には、チームプレイという「同僚性」の大切さが丁寧に描かれていると思う」3)と評してくださいましたが、本当にその通りでした。中期以降は、図書館ネットワークで得た様々な方のお力がお話づくりに活かされており、この作品を支えたのは私一人ではなかったのです。ご協力いただいた全ての方に感謝申し上げます。

(第 2 回に続く)

Ref.

  1. マンガ『夜明けの図書館』完結記念インタビュー. カレントアウェアネス-E. 2021(407), E2347.
  2. マンガ『夜明けの図書館』の作者・埜納タオさんインタビュー. カレントアウェアネス-E. 2011(207),E1252.
  3. 山口真也,心に残る図書館マンガ・いま読みたい図書館マンガ.みんなの図書館,2014 年 5 月号(445),p29.

前の記事

髙橋一枝 氏