野口武悟氏

目指そう!アクセシブルな資料を提供できる学校図書館

野口 武悟 氏(のぐち たけのり)

専修大学文学部教授、放送大学客員教授、一般社団法人日本子どもの本研究会会長(代表理事)
1978年栃木県生まれ。筑波大学大学院図書館情報メディア研究科修了、博士(図書館情報学)。
2006年に専修大学に入職し、2014年から現職。これまでに文部科学省子供の読書活動の推進に関する有識者会議委員などを務め、現在、東京都教育委員会言語活動及び読書活動の充実事業推進委員会委員長、大分県立図書館「みんなの読書」拡大推進事業に係る有識者会議委員長、神奈川県小田原市図書館協議会副委員長、新潟県十日町市情報館協議会副委員長、茨城県守谷市図書館協議会副委員長、公益社団法人全国学校図書館協議会『学校図書館』編集委員会委員長などを務める。子どもの読書、障害者サービス、電子書籍サービスなどについて研究している。

<主な著書>
・『図書館のアクセシビリティ:「合理的配慮」の提供へ向けて』(共編著、樹村房、2016年)
・『障害者とともに生きる本2500冊』(共編、日外アソシエーツ、2017年)
・『電子図書館・電子書籍貸出サービス調査報告2017』(共編著、印刷学会出版部、2017年)

求められるアクセシブルな資料

2016(平成28)年11月、文部科学省は「学校図書館ガイドライン」を定め、各地の教育委員会等に通知した。このガイドラインは、「さらなる学校図書館の整備充実を図るため、教育委員会や学校等にとって参考となるよう、学校図書館の運営上の重要な事項についてその望ましい在り方」を示したものである。
ガイドラインの7つの事項のうち「(5)学校図書館における図書館資料」のなかには、以下の点が挙げられている。

・発達障害を含む障害のある児童生徒や日本語能力に応じた支援を必要とする児童生徒の自立や社会参画に向けた主体的な取組を支援する観点から、児童生徒一人一人の教育的ニーズに応じた様々な形態の図書館資料を充実するよう努めることが望ましい。例えば、点字図書、音声図書、拡大文字図書、LLブック、マルチメディアデイジー図書、外国語による図書、読書補助具、拡大読書器、電子図書等の整備も有効である。※太文字は筆者による

上記に例示(太文字部分)されている資料や機器を、ここではアクセシブルな資料と呼ぶことにしたい。
これらアクセシブルな資料が必要な児童生徒というと、特別支援学校に通う児童生徒をまず思い浮かべる人が多いかもしれない。確かに、特別支援学校で学ぶ児童生徒の読書活動や学習活動にとってアクセシブルな資料はなくてはならないものである。
しかし、いまや、義務教育段階で特別支援教育を受けている児童生徒の約8割は、地域の小学校・中学校(特別支援学級、通級による指導)に通っている。また、このほかにも、通常のクラスに在籍する児童生徒の6.5%(1クラスあたり2~3人)程度に発達障害の可能性が指摘されている。さらに、グローバル化の進展に伴って、日本語指導の必要な児童生徒も増加傾向である。こうした傾向は、高等学校においても同様である。2018(平成30)年度からは高等学校でも通級による指導が導入された。
したがって、小学校・中学校・高等学校においても、アクセシブルな資料の必要性は高まっているのである。ガイドラインが挙げる上記の点は、特別支援学校のみならず、すべての学校図書館に向けられたものであることがわかるだろう。

しかし現状は・・・

では、現状はどうなっているのだろうか。公益社団法人全国学校図書館協議会が実施した「2017年度学校図書館調査」の結果によると、アクセシブルな資料のうち点字図書と拡大文字図書を収集している学校は、小学校12.3%、中学校5.9%、高等学校2.7%に過ぎなかった。2016(平成28)年4月からは「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)が施行され、国公立学校では障害のある児童生徒に対する「合理的配慮」が義務づけられている(私立学校は努力義務)。読書活動や学習活動における「合理的配慮」の点からも、児童生徒のニーズに応じたアクセシブルな資料が提供できる学校図書館の実現は急務といえる。

現状の課題と期待すること

前項でアクセシブルな資料が提供できる学校図書館の実現は急務と述べたが、アクセシブルな資料は市販されているものがまだ限られており、収集は容易ではない。出版流通の拡大に向けての出版界の今後の取り組みにも期待したい。
こうした出版流通の現状もあって、「著作権法」(第37条第1項~第3項)では、すべての学校の学校図書館が障害のある児童生徒のために原資料の著作権者に無許諾でアクセシブルな資料に複製(媒体変換)することを認めている。特別支援学校の学校図書館のなかには、ボランティアの協力も得てアクセシブルな資料への媒体変換に積極的に取り組んでいるところもあるが、一部にとどまっている。点訳や音訳などの高い専門スキルをもった人材をボランティアとして確保することが難しいからである。
この「著作権法」の規定にもとづいて、全国の点字図書館(視覚障害者情報提供施設)などが媒体変換した点字図書や音声図書のデジタルデータ(あわせて約25万タイトル)は、「サピエ」(視覚障害者情報総合ネットワーク)(https://www.sapie.or.jp)に登録すれば、学校図書館でも利用できる。つまり、学校図書館で媒体変換しなくても、すでにアクセシブルな資料の形に媒体変換されたもの(デジタルデータ)を利用できる仕組みである。しかし、年間4万円の利用料金が必要なこともあって、一部の特別支援学校での利用にとどまっている。また、国立国会図書館(http://www.ndl.go.jp)でも「視覚障害者等用データ送信サービス」という同種のサービスを提供しているが、こちらも学校図書館への普及はまだこれからである。

(参考)サピエ(視覚障碍者情報総合ネットワーク)

(参考)国立国会図書館

ところで、特別支援学校の学校図書館であれば、アクセシブルな資料が十分に整備されているのかといえば、そうではない。地域や学校間での差がとても大きい。そもそも、学校図書館自体が設置されていない学校さえも少なくないのである。全国学校図書館協議会が2013(平成25)年度に全国の特別支援学校を対象に行った調査の結果によると、学校図書館が設置されていない学校が約10%も存在した。とりわけ、知的障害のある児童生徒を対象とした特別支援学校にあっては20%を超えていた。特別支援学校においても「学校図書館法」第3条によって学校図書館の設置は義務づけられている。本来あるべき学校図書館がないという事態に対しては、早急な対策が求められる。

これからに向けて

学校図書館の整備充実と利活用推進の要は、何といっても司書教諭と学校司書の存在である。しかし、予算規模の小ささ、点訳や音訳などのボランティアの確保の難しさ、出版流通の現状などを考えると、司書教諭と学校司書の頑張りがあってもあらゆる種類のアクセシブルな資料を1つの学校の学校図書館が単独で整備充実していくにはハードルが大きい。
やはり、学校図書館と公共図書館、学校図書館間相互、さらには学校図書館支援センター等を介したネットワークによる協力がカギとなるだろう。具体的には、アクセシブルな資料の相互利用・共有(リソースシェアリング)である。もちろん、これまでもリソースシェアリングは行われてきた。しかし、その際にアクセシブルな資料という視点が見逃されていなかっただろうか。「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」の施行や「学校図書館ガイドライン」の通知をふまえ、それぞれの現場・立場で、実情を考慮しつつ、できることから取り組みを進めてほしい。
先行事例として、例えば、鳥取県立図書館では、アクセシブルな資料のセットを用意して、県内の必要とする学校図書館に貸出している。このような取り組みが全国に広がっていくことが望まれる。
なお、2018(平成30)年4月に「読書バリアフリー法」(仮称)の制定を目指す国会議員の「障害児者の情報コミュニケーション推進に関する議員連盟」が発足した。制定されれば、アクセシブルな資料の整備充実の推進にも大きな影響を与えるものと思われる。早期の制定を期待したい。

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