原裕昭 氏

国境と歴史を超えて家族を繋ぐ移民ルーツ調査 

沖縄県立図書館 原様

原 裕昭(はら ひろあき)

2010年から沖縄県立図書館に勤務。2016年から沖縄県系移民一世ルーツ調査サービスを開始し、2017年に地方創生レファレンス大賞・文部科学大臣賞受賞。2018年~2020年ハワイ大学大学院図書館情報学修士課程へ自己啓発休業により留学。2022年より沖縄国際大学図書館司書課程非常勤教員。2024年にLibrary of the Year 2024大賞・オーディエンス賞受賞。研究分野:ルーツ調査(ジネオロジー)、沖縄移民資料、沖縄ハワイ移民等

【発表】
2024年6月 IFLA(国際図書館連盟) Local History and Genealogy Section Asia
Webinar, “To Perpetuate the Worldwide Okinawan Network by Okinawa Prefectural Library”
2024年6月 日本移民学会第34回年次大会 開催校企画シンポジウム「世界のウチナーンチュと沖縄を繋ぐ沖縄県立図書館の取り組み」
【執筆】
「1941年出版『布哇沖繩縣人發展史』について」. 移民研究. 琉球大学移民研究センター 編. (20) 75-84. 2024-03.
「第7回世界のウチナーンチュ大会における沖縄県立図書館の取り組み : ルーツ調査/Finding Okinawan Roots Projectを中心に」. 沖縄県図書館協会誌. 沖縄県図書館協会 編 (26) 20-23, 2023-03
蛭田, 廣一. 『JLA図書館実践シリーズ 45 地域資料サービスの展開』. 2021年. 日本図書館協会. 第8章 沖縄県立図書館の取り組みと移民のルーツ調査支援.共著.

初めに、このリレーエッセイを書く機会をいただきありがとうございます。私は沖縄県立図書館の原裕昭と申します。内容は問わずということでしたので、私の担当している図書館の業務とそれに関わる「不思議な出来事」について、紹介したいと思います。

みなさん、村上春樹さんの「偶然の旅人」という短編作品をご存じですか?『東京奇譚集』という短編集に収録されている冒頭の一編です。この小説は、人生で不意に出くわす「不思議な出来事」、偶然という範疇から外れる運命的、奇跡的な出来事を絶妙に表現しています。私は、図書館での仕事を通して、言葉ではうまく説明できない繋がりを感じる「不思議な出来事」を何度か体験しているので、今回その一つをお話ししたいと思います。

この話をする前にまず、私の仕事について紹介したいと思います。私は、海外の沖縄県系人、つまり沖縄から海外へ移民した方の子孫などを対象に、ルーツを調べるレファレンスサービスなどを行っています。日本の図書館ではポピュラーではありませんが、欧米の図書館では、利用者がルーツ調査のために図書館をよく利用し、図書館もまた積極的にこのサービスを提供しています。

私たちがルーツ調査サービスをはじめた8年前、調査依頼のほとんどはアメリカからで、移民が多かったブラジル、ペルー、アルゼンチンなどからの調査依頼はほとんどありませんでした。そんな中、アルゼンチンのブエノスアイレスからルーツを探してほしいという依頼がメールで届きました。調査に時間はかかりましたが、移民一世の出身地などの情報が見つかり、さらに幸運にもその出身地域に現在も住んでいる親戚の方を見つけることができました。(この時点で「不思議な出来事」といってもおかしくありません。)

その沖縄の親戚は、亡父からアルゼンチンに移民した親戚がいることを聞いていました。アルゼンチンからの送金により、亡父自身が当時では稀な高等教育を受けることができたことを子らに話していたそうです。世代交代により、アルゼンチンの親戚との交流が途絶えていましたが、遠方からの連絡を驚きながらも大変喜んでいました。そして双方の希望により、オンラインで初めて顔を合わせ、その際にアルゼンチンの依頼者に、ぜひ沖縄を訪問するようにと促していました。

その心温まる出来事から数か月経った頃、このプロジェクトのもう一つの柱である移民資料の収集のため、東京のある図書館を訪れました。その日系移民資料は整理の途中で、当時まだ詳細な書誌情報がなく、膨大な資料の束を一点ずつ確認する必要がありました。大部分がアルゼンチンの日系社会に関する資料でしたが、数点の個人資料も含まれていました。なんの気になしに、中性紙封筒から資料を取り出し中身を確認すると、私が手にした資料には、見覚えのある氏名が記されていました。それはまさに数か月前、アルゼンチンと沖縄でオンライン対面を果たした移民一世の約100年前に発行された海外旅券(パスポート)だったのです。

アルゼンチンへ移民した日本人は5,000人以上おり、このような貴重な個人資料は子孫がそのまま保管していることが大半でしょう。その図書館も積極的に海外旅券(パスポート)などを収集しておらず、このような資料はほんの数点でした。つまり、まさに天文学的な確率で、私はその資料を手にしたのでした。その瞬間、言葉では言い表せない興奮と感動が体の底からこみあげてきました。その衝撃と手の震えは今でも忘れられません。

このような「不思議な出来事」をいくつか体験し、これはウヤファーフジ(ご先祖さま)の思し召しで、私は沖縄と海外を結ぶなんらかの役割を担っているのだろうと思っています。海外には約500万人の日系人がいると言われ(沖縄県系人は約42万人)、海外日系人の潜在的な情報ニーズはとても高いと思います。また、移民した方のライフヒストリーを知ることは、子孫にとって大きな意味を持つと同時に、私たちの人生観や職業観に大きな影響を与えてくれます。これからも、誰かの、そして世の中の役に立つ仕事をしていきたいと思っています。